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亡き父を想う・・・「お元気ですかぁ~!?」

2012/03/14
もうすぐ、父の命日。

父は58歳で、天国へ行ってしまいました。

一度、初期の大腸ガンになり、それから半年検診を受け続け、5年目。

背中が痛い!!・・・と病院へ行くと、末期の胆嚢ガンだということが判明しました。

「半年検診って、いったい・・・。」

とても、やりきれない気持ちになりました。


ラインラインライン


精密検査の結果、胆嚢ガンは、『ステージ4b』

末期の末期です。

余命6ヶ月。


近くの大病院では、どこも 「手術をすべきでない(できない)」・・・と判断されました。

確実に転移があるだろうし、開腹する負担の方が大きいからなのでしょうか。
きっと、そんなハイリスクな手術をやる利点が、病院側にないのだと感じ取れました。

最後の砦・・・
医者家系の親戚(男は全員医者)に相談することは、親戚家族にも負担になることを認識しつつも、
私はダメ元で、某大学病院の肝胆膵外科に所属する従兄弟に連絡しました。
(余計な心配、無理な要求になるかもしれないので、母には、反対されましたが・・・)


そしたら、「おじちゃんを助けたい!!」・・・と、言ってくれました。

光が見えた瞬間でした。

執刀医は、従兄弟。

ガンは、第三リンパ節・肝臓・胆道にまで、転移。
通常、第三リンパ節まで転移していると、手術中止になる場合も多々あるそうです。

開腹しても手術できない・・・と判断されれば、お腹を閉じて3~4時間で、
手術室から出てくる。

待合室で待っている間、看護師さんが来るたび、ビクッ・・・とした感覚は、
今でも残っています。

ちょうど、4時間が過ぎた頃に、看護師さんが母の元へ来て、
「お父さん、手術頑張ってますよ。」
・・・と。

私達は、「もぉっ!!心臓止まるかと思ったぁ~っ!!」
・・・でも、少しホッとした瞬間でした。


手術時間は、15時間。


肝臓の機能が比較的高いことで、
肝臓の7割と、胆嚢全て、胆道、ガンを中心に第三リンパ節までを切除しました。
(肝臓は術後3ヶ月で、元の大きさに復活しました。←トカゲやん(笑)・・・)

不幸中の幸いで、膵臓には転移していませんでした。


術後の話によると、これだけの臓器を切除しても、耐え得る体力ではあったが、
ガンの位置が動脈に触れているか否かが、一番の懸念事項だったそうです。
(動脈付近のガンは、非常にハイリスクなので、断念せざるを得ない場合があるそうです。)


その後、父はみるみる回復し、
少し前に、死を宣告された人とは、思えないくらい元気になりました。


・・・でも、胆嚢ガン。


ガン細胞の質が、とても厄介なガン


5年生存率は、僅か数パーセント。


再発したら、再度手術は不可能。



・・・・・・



・・・・・・



・・・・・・



ラインラインライン


2年後、無情にもその日が来てしまいました。

『再発』

この2年間、思い残すことの無いように過ごしてきたつもりだ。

でも、思い残すことが無い・・・って、無いんですね。



父以外の家族は、再発の宣告をなかなか受け入れられませんでした。

父は、「なるようにしかならん!!」・・・と、とても前向き?!な性格ゆえ、
再発宣告に、動揺など一切ありませんでした・・・。

「ただ、人生は最高に楽しかったし、何の悔いもないけど、
僕が死んだ後の、お母さんのことが心配や。」


「○○(←私)、お母さんをよろしくやで!!」

・・・と。

そして、妹には、

「のほほんマイペースなお姉ちゃんを、よろしくやで!!」

・・・と。

後に、妹が、「私の事は~っ!! お父さ~ん!! 誰によろしくよぉ~!!」

・・・って、泣いていましたが、

きっと、妹には、頼りになる旦那さんがいたから、「言うまでもない!!」
・・・って、父は思ったんだと思います。

当時、私は独身でしたが、意識の無い父に、当時付き合っていた旦那は、
「娘さんを幸せにしますので、娘さんをください。」
・・・と、言ってくれたんです。


涙…涙…です。


その翌日、私の行く末に安堵したのか、父は本当に眠るように、
天国へ行ってしまいました。


ラインラインライン


父が、亡くなる直前、最期の願いが、
「リンに会いたい。」
・・・でした。

父のいたホスピスは、ペット可だったので、
外階段から父の病室へ、26キロの重いリンを担いで、4階まで連れて行きました。

ほとんど意識はありませんでしたが、
リンの体に母が手を持っていくと、ピクッ・・・と父に反応があったんです。

犬の力の偉大さを、再確認した瞬間でした。

「リン、ありがとね。」

リンを連れて行く時は、笑顔でいよう!!・・・と決めたから、
涙を堪えるのに、必死でした・・・。


ラインラインライン


父は、「自分が死んだら、音楽葬にしてほしい・・・。」
・・・と、元気な頃から、ずっと言っていました。

カントリー&ウエスタンミュージックが大好きだった父。

お通夜では、父の同級生たちが、ギターを持って、
夜通し、カントリー・ウエスタンを演奏してくれました。
アメージング・グレースは、私も涙が止まりませんでした。

そして、たかが1人の普通のおじさんの葬儀にも拘らず、200名もの方が来てくださいました。

友達は多い・・・とは知っていましたが、ここまで多いとは思いませんでした。

私達家族は、父の友達2~3人にしか、伝えていなかったんですが、
回りまわって伝わったそうです。

父の遺影が「どやっ!!お父さんスゴいやろ!!」
・・・って言っていました。


天国でも、友達いっぱいなんだろうなぁ(笑)


「天国を楽しんでますかぁ~(^O^)/、お父さ~ん!!」


明日は、6回忌?!・・・の法事です。


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やっと、冷静に父のことを振り返ることができるようになりました。
父は生前、一願地蔵・・・といって、1つだけ願いを叶えてくれるお地蔵さんに、
「○○(←私)が、幸せになれますように。」と言ってくれたそうです。
それを伝え聞いた私は、「なんでガンの根治のことを願わんのよ!!」って、父を怒りました。
・・・で、妹は「なんで、私じゃないんよ(プンプン)!!」。
あんたは、幸せやったからでしょ(笑)

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